ハーディングフェーレ(Hardingfele / Hardanger Fiddle)

ハーディングフェーレ(Hardingfele)は、ノルウェーの伝統的な擦弦楽器である。英語ではハルダンゲル・フィドル(Hardanger Fiddle)とも呼ばれる。

外見はバイオリンによく似ているが、通常の4本の演奏弦に加え、指板の下に4~5本程度の共鳴弦を備えていることが大きな特徴である。

共鳴弦は直接弓で擦らず、演奏弦の振動によって共鳴する。この仕組みにより、通常のバイオリンとは異なる、余韻の豊かな独特の響きが生まれる。

また、胴体や指板に施された美しい装飾も、この楽器の大きな特徴である。

歴史と文化

ハーディングフェーレは、ノルウェー西部のハルダンゲル地方を中心に、17世紀頃から発展したと考えられている。

現存する初期の楽器として、1651年にオーレ・ヨンセン・ヤースタ(Ole Jonsen Jaastad)が製作したとされるものが知られている。

その後、18世紀にはイサク・ニルセン・ボトネンと息子のトロン・イサクセン・フラーテボーらによって製作技術が発展し、ノルウェー各地へ広まった。

伝統的には農村の舞踊音楽や結婚式などで使用され、特に「スロット(Slått)」と呼ばれる器楽曲の演奏に重要な役割を果たしている。

19世紀にはノルウェーの民族文化を象徴する楽器として注目され、作曲家エドヴァルド・グリーグも、ハーディングフェーレの伝統音楽から影響を受けた。

現在でも民俗音楽の演奏や舞踊の伴奏に使用されている。

構造

ハーディングフェーレは、基本的にはバイオリンに似た木製の共鳴胴、ネック、指板、駒を持つ。

ただし、一般的なバイオリンと比べると、胴体がやや小さく、ネックが短い傾向がある。また、表面板の膨らみや駒の形状などにも違いが見られる。

楽器によって細部は異なり、単純に小型のバイオリンというわけではない。

共鳴弦の構造

最大の特徴は、演奏弦の下に設けられた共鳴弦である。

通常のバイオリンには4本の弦しかないが、ハーディングフェーレには、その下を通る細い金属製の共鳴弦が追加されている。

共鳴弦は駒の内部に設けられた穴を通り、指板の下を経由してヘッド側の糸巻きへとつながる。

弓が直接触れる位置よりも低いところに張られているため、演奏中に共鳴弦を直接擦ることはない。

しかし、演奏弦によって楽器全体が振動すると、共鳴弦もその振動に反応して響き、独特の余韻を生み出す。

ヴィオラ・ダモーレとの比較

共鳴弦が指板の下を通る構造は、バロック時代に使用されたヴィオラ・ダモーレとよく似ている。

どちらも、演奏弦の下に共鳴弦を配置することで、直接演奏していない弦が振動する構造を持っている。

ただし、弦の取り回しには違いがある。

ヴィオラ・ダモーレでは、共鳴弦がナット付近からヘッドの下側へ回り込んで糸巻きにつながる構造が多い。

一方、ハーディングフェーレでは、指板の下を通った共鳴弦が、ヘッドに設けられた専用の糸巻きへと導かれる。

共鳴弦を持つという基本原理は共通しているが、楽器の構造や演奏文化はそれぞれ独立して発展してきたものである。

装飾

ハーディングフェーレは、非常に装飾性の高い楽器としても知られている。

胴体には「ローシング(Rosing)」と呼ばれる花や植物をモチーフとした模様が描かれることが多い。

また、指板やテールピースには真珠貝、骨、木材などによる象嵌細工が施されることがある。

ヘッドの先端には、通常のバイオリンの渦巻きの代わりに、獅子や竜などの動物の頭部が彫刻されることもある。

これらの装飾は、単なる外観上の特徴にとどまらず、製作者や地域ごとの伝統を反映している。

演奏方法

演奏姿勢や基本的な運弓は、通常のバイオリンと共通する部分が多い。

左手で弦を押さえて音程を変え、右手に持った弓で弦を擦って演奏する。

ただし、ハーディングフェーレでは、複数の弦を同時に鳴らす重音奏法や、細かな装飾音が多く用いられる。

伝統的な奏法では開放弦を積極的に利用し、共鳴弦との響きを組み合わせることで、独特の音色を生み出す。

また、一般に演奏は低いポジションを中心に行われ、バイオリンのように高いポジションを多用することは比較的少ない。

弦の構成と調弦(チューニング)

ハーディングフェーレは、通常4本の演奏弦と4~5本の共鳴弦を持つ。したがって、合計8~9本の弦を備えていることが多い。

演奏弦はバイオリンと同じようにG・D・A・E弦と呼ばれ、専用弦のパッケージにも「G・D・A・E」と表記されていることがある。

ただし、これは弦の名称を示すものであり、実際の調弦が通常のバイオリンと同じG3・D4・A4・E5であることを意味しない。

ハーディングフェーレの代表的な調弦は、伝統的には低音側から「A・D・A・E」と表記されるが、これは実際の音高をそのまま表したものではなく、通常の演奏では全音高いB3・E4・B4・F♯5に調弦されることが多い。

このように、弦の名称、伝統的な調弦表記、実際に鳴る音高が異なる点は、ハーディングフェーレの特徴の一つである。

このように、ハーディングフェーレでは、通常のバイオリンとは異なる音程関係や音高の調弦が用いられる。

また、演奏する曲や地域によって調弦方法は異なり、弦同士の音程関係を変える場合もあれば、音程関係を維持したまま全体の音高を変える場合もある。

こうした通常とは異なる調弦は「スコルダトゥーラ(Scordatura)」と呼ばれ、ノルウェーの伝統音楽では多様な調弦法が受け継がれている。

共鳴弦の調弦

共鳴弦も、演奏する楽曲や演奏弦の調弦に合わせて調整する。

5本の共鳴弦を持つ楽器では、C♯・E・F♯・G♯・Bなどの音に調弦する例がある。(4弦の場合は最初のC#がない)

ただし、共鳴弦の数や音高は個体や演奏様式によって異なる。

これらの共鳴弦が演奏弦の振動に反応することで、楽器全体に独特の響きが加わる。

弦について

演奏弦には、伝統的に羊の腸を加工したガット弦が使用されてきた。

低音弦には金属線を巻いたガット芯の巻き弦が使用されることもある。

一方、共鳴弦には一般に細い金属弦が使用される。

現代では、専用のガット弦や金属弦などが販売されているが、通常のバイオリン用弦とは弦長や張力の条件が異なるため、専用品を使用することが望ましい。

また、共鳴弦は指板の下を通るため、交換や調整には通常のバイオリンとは異なる作業が必要になる。

音色の特徴

ハーディングフェーレの音色は、通常のバイオリンと比べて明るく、複雑な余韻を持つことが特徴である。

演奏弦の音に共鳴弦の振動が加わるため、単音を弾いた場合でも複数の音が重なったような響きが生まれる。

また、開放弦や重音を多用する伝統的な演奏方法と組み合わさることで、ノルウェーの民族音楽に特有の豊かな音響が形成される。

参考情報