ヴィオラ・ダモーレ(Viola d’amore)

ヴィオラ・ダモーレ(Viola d’amore)は、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで発展した擦弦楽器である。特にバロック時代に広く用いられ、独特の柔らかく澄んだ音色を特徴とする。

名称はイタリア語で「愛のヴィオラ」を意味するが、その由来については諸説があり、明確には分かっていない。

外観はヴィオラ・ダ・ガンバに似た特徴を持つ一方、演奏方法はバイオリンやヴィオラに近く、顎や肩で支えて弓で演奏する。

最大の特徴は、通常の演奏弦に加えて、直接弾くことのない「共鳴弦(sympathetic strings)」を備えることである。共鳴弦によって、通常の擦弦楽器とは異なる、余韻の豊かな響きが生み出される。

レオポルト・モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父)は、1756年に出版した『ヴァイオリン奏法』の中で、ヴィオラ・ダモーレについて「夜の静けさにはよく似合う」と記している。

指板下の共鳴弦は、ここでペグボックスの裏に接続される。

ペグボックスの裏から出てきた共鳴弦。更に二つのナットを通りペグにつながっている。

弓は通常のバイオリン弓ではなく、バロック弓が使われる。

楽器の構造

ヴィオラ・ダモーレは、一般にヴィオラに近い大きさの胴体を持つが、その形状や寸法にはさまざまなものがある。

代表的な特徴として、次のものが挙げられる。

  • 演奏弦は通常6~7本で、7本のものが多い
  • 演奏弦とは別に、金属製の共鳴弦を備える
  • 胴体の裏板が平らなものが多い
  • 指板にはフレットがない
  • バイオリンのようなf字孔ではなく、炎や蛇を思わせる形状の響孔を持つことが多い
  • 渦巻きの代わりに人物の頭部を彫刻したものも見られる

共鳴弦の本数は一定ではないが、7本の演奏弦と7本の共鳴弦を備えた、合計14本の構成がよく知られている。

ただし、初期のヴィオラ・ダモーレには共鳴弦を持たないものもあり、現在でも演奏する作品に応じて異なる構造の楽器が使用される。

共鳴弦の仕組み

共鳴弦は、演奏弦の下を通るように張られている。

演奏弦を弓で振動させると、その音に含まれる周波数成分と共鳴弦の固有振動数が一致、または近い場合に、共鳴弦も振動する。この現象を「共鳴」または「共振」という。

共鳴弦は弓で直接演奏するためのものではなく、演奏弦の振動によって自然に響く仕組みになっている。

これによって音に独特の余韻が加わり、金属的な透明感を伴う、豊かな響きが生み出される。

同様の仕組みは、ノルウェーのハーディングフェーレや、インドのサーランギーなどにも見られる。

装飾と形状

ヴィオラ・ダモーレには、装飾性の高い楽器が数多く残されている。

特に特徴的なのが、バイオリンの渦巻きに相当する部分に施された人物の頭部彫刻である。

目隠しをしたキューピッドの頭部が彫られることがあり、これは「恋は盲目」という観念と結び付けられている。

また、響孔が炎のような形をしていたり、表板に装飾的なロゼッタが設けられていたりする例もある。

こうした装飾は、ヴィオラ・ダモーレが単なる実用楽器ではなく、視覚的な美しさも重視された楽器であったことを示している。

調弦

ヴィオラ・ダモーレには、バイオリンのG・D・A・Eのような、一律に定められた調弦が存在しない。

特にバロック時代には、演奏する楽曲の調性や求める響きに合わせて、調弦を変更することが一般的であった。

7本の演奏弦を持つ楽器では、低音側から次のようなD長調の開放弦調弦がよく知られている。

A2・D3・A3・D4・F♯4・A4・D5

この調弦では、開放弦にD長調の和音を構成する音が配置されている。

通常のバイオリンやヴィオラでは隣接する弦が完全5度の関係にあるのに対し、ヴィオラ・ダモーレでは3度や4度など、さまざまな音程関係が用いられる。

このように通常の調弦を変更して演奏する方法は、広い意味で「スコルダトゥーラ(Scordatura)」と呼ばれる。

共鳴弦も演奏弦に対応する音に調弦されることが多いが、必ずしも同じ音を用いるわけではない。

歴史

ヴィオラ・ダモーレの正確な起源は明らかになっていない。

17世紀半ばにはすでに名称が文献に登場しており、1649年にはドイツのハンブルクの音楽家による書簡に、5本の弦を持つヴィオラ・ダモーレへの言及が見られる。

初期の楽器には共鳴弦を備えないものも存在していたが、17世紀末には共鳴弦を持つ形式が知られるようになった。

18世紀に入ると演奏弦が7本の楽器も普及し、さまざまな製作者によって独自の形式が生み出された。

この時代のヴィオラ・ダモーレは、宮廷音楽や室内楽、宗教音楽などで用いられ、独奏楽器としても発展した。

しかし、18世紀末から19世紀にかけて、バイオリン属の楽器を中心とするオーケストラ編成が標準化されると、その使用機会は次第に少なくなっていった。

その後、古楽研究や歴史的演奏法への関心が高まったことにより、ヴィオラ・ダモーレも再び注目されるようになった。

現在では、バロック音楽の演奏に加えて、現代音楽などでも使用されている。

演奏方法と音色

ヴィオラ・ダモーレは、バイオリンやヴィオラと同じように、楽器を顎や肩の付近で支え、弓で弦を擦って演奏する。

一方で、演奏弦が6~7本あるため、弓で目的の弦を正確に捉えるには、通常のバイオリンとは異なる感覚が求められる。

また、調弦が一定ではないことから、左手の運指も演奏する曲や使用する調弦によって変化する。

音色は柔らかく、透明感があり、しばしば銀色を思わせる響きと表現される。

共鳴弦が生み出す余韻によって、演奏弦の音が消えたあとにも響きが残ることがある。

ただし、共鳴弦はあらゆる音に対して同じ強さで反応するわけではない。演奏される音と共鳴弦の調弦との関係によって、共鳴の程度は変化する。

そのため、調弦は単なる音域の設定ではなく、楽器全体の響きを設計する重要な要素でもある。

代表的な作品

ヴィオラ・ダモーレは、バロック時代の作曲家たちによって数多くの作品に使用された。

特にアントニオ・ヴィヴァルディは、この楽器のために複数の協奏曲を残している。

代表的な作品には次のものがある。

  • アントニオ・ヴィヴァルディ:ヴィオラ・ダモーレ協奏曲 ニ長調 RV 392
  • アントニオ・ヴィヴァルディ:ヴィオラ・ダモーレ協奏曲 ニ短調 RV 393
  • アントニオ・ヴィヴァルディ:ヴィオラ・ダモーレ協奏曲 イ長調 RV 396
  • ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:『ヨハネ受難曲』BWV 245
  • ハインリヒ・イグナツ・フランツ・ビーバー:2本のヴィオラ・ダモーレのためのパルティータ

ヴィオラ・ダモーレの独特な音色は、特に静かな楽章や叙情的な旋律において、その特徴がよく表れる。

ヴィオラ・ダ・ガンバとの違い

ヴィオラ・ダモーレとヴィオラ・ダ・ガンバは、名称や外観に共通点が多いものの、演奏方法や構造には違いがある。

ヴィオラ・ダ・ガンバは、一般的に脚の間に楽器を保持し、指板にはフレットが設けられている。

一方、ヴィオラ・ダモーレは腕や肩で支えて演奏し、指板にフレットを持たない。

また、ヴィオラ・ダ・ガンバの基本的な構造には共鳴弦が含まれないが、ヴィオラ・ダモーレでは共鳴弦が代表的な特徴となっている。

両者は単純に同じ楽器の大小違いという関係ではなく、それぞれ異なる演奏上の特徴を持つ楽器である。

参考資料

本文は、以下の専門機関・博物館の解説を中心に照合いたしました。