ポルトガルギター(Guitarra Portuguesa)は、ポルトガルの伝統音楽「ファド(Fado)」で使用される撥弦楽器である。
名前にギターとあるが、一般的なクラシックギターとは構造が大きく異なる。丸みを帯びた洋梨形の胴体と12本の金属弦を持ち、楽器の分類上はシターン(Cittern)の仲間に属する。
弦は2本ずつの6コースに分かれており、澄んだ金属的な音色と豊かな余韻が特徴である。
大きくリスボン型とコインブラ型の2種類があり、写真の楽器はリスボン型である。
リスボン、コインブラ共にポルトガルの都市の名前であり、それぞれの地方で若干異なる方向に発展していった様子。


ペグ(というと誤解があるので、チューナー等と呼んだ方が正確らしい)の形は独特で、ねじになっており、フックにループを使った弦をひっかけ、チューナーの先端(太い部分)を回すことでフックの位置が上行/下行し、それにより調弦を行う。



弦留は、マンドリンと同様にフックに弦のループをひっかける形。
歴史と文化
ポルトガルギターは、18世紀にヨーロッパで流行した「イングリッシュ・ギター(English Guittar)」と深い関係を持つ楽器である。
イングリッシュ・ギターは現在のギターとは異なり、金属弦を備えたシターン系の楽器だった。これがポルトガルに伝わり、現地の音楽文化の中で独自に発展したと考えられている。
19世紀にはリスボンの都市音楽であるファドの伴奏楽器として定着し、現在ではポルトガルを象徴する楽器の一つとなっている。
ファドでは歌手の旋律に呼応するように装飾的な旋律を演奏し、通常のギターに相当する「ヴィオラ・デ・ファド(Viola de Fado)」が主に和声やリズムの伴奏を担当する。
2011年には、ファドがユネスコの無形文化遺産に登録された。
リスボン型とコインブラ型
ポルトガルギターには、主にリスボン型(Lisboa)とコインブラ型(Coimbra)が存在する。
両者は形状や弦長、調弦などが異なる。
| リスボン型 | コインブラ型 | |
|---|---|---|
| 一般的な弦長 | 約44〜44.5cm | 約47cm |
| ヘッドの装飾 | 渦巻き状 | 涙滴状 |
| 音域 | 比較的高い | 比較的低い |
| 代表的な調弦 | Dを基準とする調弦 | Cを基準とする調弦 |
リスボン型は、都市部のファドで広く使用され、明るく華やかな響きを持つ。
一方、コインブラ型は大学都市コインブラの音楽文化と関係が深く、一般にリスボン型より全音低く調弦される。
この低い調弦の定着には、20世紀に活躍した演奏家アルトゥール・パレデス(Artur Paredes)の影響があったとされる。
構造
ポルトガルギターは木製の共鳴胴と比較的短いネックを持つ。
胴体は洋梨形で、表面板には円形のサウンドホールが設けられている。周囲には装飾的なロゼッタが取り付けられることも多い。
弦はすべて金属製で、2本ずつ6組に分けられている。
コインブラ型はリスボン型よりも弦長が長くリスボン型が一般的に44.5cm程度なのに対し、47.0cmほどと異なる。(ボディサイズはコインブラの方がリスボン型より若干小さく、厚みがあるらしい)
特徴的な糸巻き
ポルトガルギターの大きな特徴が、扇形に並んだ独特の糸巻き機構である。
一般的なギターの糸巻きは軸を回転させて弦を巻き取るが、ポルトガルギターではネジによってフックを移動させ、弦の張力を調整する。
この機構は「プレストン式チューナー(Preston Tuner)」などと呼ばれ、18世紀のイングリッシュ・ギターにも使用されていた。
写真の楽器でも、弦の端に作ったループをフックに掛け、ネジを回してフックを上下させることで調弦する。

また、胴体側の弦留めもマンドリンに似ており、弦のループをフックに引っ掛ける構造となっている。

演奏方法
ポルトガルギターは、主に右手の親指と人差し指を使用して演奏する。
伝統的には人工爪に相当する金属や樹脂製のピックを指に取り付け、弦を弾く。
ファドの伴奏では、歌の合間に短い旋律を挟んだり、歌手の旋律に装飾を加えたりする役割を担う。
そのため、一般的なギターのように和音を連続してかき鳴らす伴奏とは異なる演奏方法が発達している。
また、独奏楽器としても発展しており、カルロス・パレデス(Carlos Paredes)などの演奏家によって、多彩な器楽作品が生み出されてきた。
弦の構成と調弦(チューニング)
ポルトガルギターは12弦6コースで、隣接する2本の弦を一組として演奏する。
リスボン型の代表的な調弦は、6コースから1コースの順に以下のとおりである。
D・A・B・E・A・B
低音側の6〜4コースはオクターブ違いに、高音側の3〜1コースはユニゾンで調弦される。
コインブラ型では、これを全音下げた以下の調弦が一般的である。
C・G・A・D・G・A
なお、コインブラ型では実際の音高がリスボン型より全音低いにもかかわらず、伝統的にリスボン型と同じ音名で呼ぶ慣習がある。
例えば、実際にはCの音であってもDと呼ぶ場合がある。
このため、コインブラ型は記譜上、移調楽器として扱われることがある。
ただし、これは楽器の構造上の必然ではなく、伝統的な調弦名や記譜の慣習によるものである。

左より、6コース~1コース。
6~4コースはオクターブ違いで調弦される。
コインブラ型の場合、上記より1音低くなる。
弦楽器で、楽譜が実音とオクターブ違いで書かれる事は、ギターやコントラバス等でよくあるが、移調楽器という扱いは非常に珍しい。
基本的に、五線譜(=固定された音名表記体系)を使わない音楽文化では、原則として「移調楽器」という概念は成立しない。
一方、コインブラ調弦の定着は19世紀後半から20世紀初頭と比較的近代に属し、これが学生層を中心とするアカデミック寄りの環境で用いられたことにより、ファドの実践において五線譜が使用されるようになった可能性がある。その結果として、記譜上の都合から移調的な表記が採用されたと考えられる。
弦について
ポルトガルギターには金属製の弦が使用される。
専用の弦は海外から購入できるが、日本国内では比較的入手が難しい。
ほかの楽器用の金属弦で代用することも考えられるが、弦長や調弦に適した張力となるよう注意が必要である。
写真の楽器では、弦の両端をループ状に加工し、専用のフックに掛ける。
ループは弦をU字に曲げ、細い棒などを利用して撚ることで製作できる。
巻き弦の場合は巻線がほどけないように注意が必要となる。

以下はポルトガルから輸入したリスボン型用弦のパッケージに記載されていたゲージである。
6コース:018w, 036w
5コース:010, 024w
4コース:009, 020w
3コース:013, 013
2コース:010, 010
1コース:009, 009
※wはワウンド弦、他はプレーン弦。単位はインチ。
これらは特定の製品の仕様であり、ポルトガルギター全般の標準的なゲージではない。
サイズ
以下は写真の楽器の実測値である。
弦長:約44.3cm
全長:約81.5cm
これらは所蔵個体の寸法であり、すべてのポルトガルギターに共通する規格ではない。
参考情報
- Museu do Fado — História do Fado
ファドの歴史、ポルトガルギターの発展、19世紀の演奏文化や製作者についての解説。
https://museudofado.pt/historia-do-fado - Museu do Fado — Guitar Workshop
ポルトガルギターの伝統的な製作技術、代表的な製作者、構造上の特徴についての解説。
https://museudofado.pt/en/guitar-workshop - UNESCO — Fado, Urban Popular Song of Portugal
ファドの文化的背景、歌唱とポルトガルギターの関係、2011年の無形文化遺産登録についての解説。
https://ich.unesco.org/en/RL/fado-urban-popular-song-of-portugal-00563 - Fernandez Music — Portuguese Guitar Method
リスボン型とコインブラ型の調弦、弦長、弦のゲージ、演奏方法についての解説。
https://www.fernandezmusic.com/PortugueseGuitarMethod.html
